【ブログ】家族への思いやりから始める「プレ相続・終活」:私の経験からお伝えしたいこと

親や家族が急に倒れたとき、重大な選択を迫られるのは残された家族です。 もし本人の意思がわからなければ、家族は重い決断と後悔を抱えることになりかねません。 今回は、実際に私が経験した家族の脳疾患に伴う闘病経験をもとに、元気なうちから万が一に備える「プレ相続・終活」の重要性と、家族と話し合うべき理由についてお伝えします。大切なご家族のために、ぜひご一読いただけると嬉しいです。

突然訪れた救急搬送と、家族に任された選択

70歳で脳梗塞(くも膜下出血)を発症した私の父、父が亡くなるまでの9年間の介護、そんな私の経験を紹介させていただきます。

早朝、家で倒れた父は、救命救急センターに運ばれ、一度は意識を取り戻して会話ができたものの、動脈瘤の場所が悪く、命を救うには開頭手術をするしかありませんでした。

医師は「頭部の右側を開けるか、左側を開けるか」という選択を私たち家族に求められました。

どちらを選んでも深刻な後遺症が残るという厳しい現実がありました。そのような命に関わる重大な決断を、本人の意思がわからないまま、家族が下さなければなりませんでした。

医療制度の壁と、療養の現実

父は手術で一命をとりとめた後、術前の説明のとおり、重い後遺症(半身不随、失語症)が残り、治療のため、リハビリテーション専門の病院へ転院し、リハビリが開始されました。そして、そこには厳しい現実が待ち受けていました。

現在の医療保険制度では、脳疾患のリハビリ入院は原則「180日」が上限です。

そのため、症状が固定した(これ以上治らない。)と診断されると、介護施設へ転院するケースがほとんどです。 私の父も、介護施設へ転院しましたが、転院後は医療機関の高度なリハビリを受けられず、みるみるうちに寝たきりとなり、失語症も悪化してしまいました。

結果として、父は9年間という長い寝たきり生活の末、この世を去りました。

一番の後悔から学んだこと

私が人生で最も後悔しているのは、救命救急センターで父の意識が一度戻ったタイミングで、手術の説明や本人の希望について、しっかりと話せなかったことです。ICUのベッドに横たわる父を前に話す勇気もなかったのを思い出します。

寝たきりになった父を見るたびに、私は父本人の意思を確認しないまま、家族が父に代わって決断を下した結果が、父に長く辛い寝たきりの生活を強いることになってしまったのだと思うようになりました。 この後悔から、私は自分の家族に私と同じ思いをさせないよう、自分の生き方と逝き方について、今のうちから家族に伝える時間を作るようになりま

実は、町内会長さんと民生委員さんは2年前に移動販売車の誘致を試みていました。しかし、当時、近隣のイトーヨーカドー店舗は「町内会との契約」という想定外の形態への試みに踏み切れず、計画は頓挫していました。

今回の実現は、当時の課題を乗り越え、関係者の思いが再び結びついた結果でもあります。

まとめ

万が一という場面は、いつ来るかわかりません。明日かもしれません。

「自分はまだ元気だから」と終活を先延ばしにすることは、いざという時に家族を過酷な決断と後悔の渦に巻き込むことになってしまいます。

プレ相続・終活の第一歩は、自分の終末医療や延命治療、療養場所に関する価値観を家族に伝えること、自分の生き方や逝き方について、家族や身の回りの人たちと共有しておくことだと思っています。

万が一の事態が起こる前に、まずはご自身の思いを家族に伝える時間を作ってみてください。 

ご自身の思いを家族に伝える時間を作ることは、残される家族への大きな思いやりにつながります。

この記事を書いた人

廣川聡子